北海道の浦河町で小さな会社を経営する社長が、仕事のことやマチのことを日々書きとめていくブログです。
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大昔に読んだ本です。


何でもみてやろう


内容をほとんど忘れてしまったのでまた読んでみようかなあ、と軽い気持ちで手に取ったのですが、読み始めたら止まりませんでした。著者がフルブライト留学生としてアメリカに渡ったのが昭和三十四年、今から五十四年前のことでした。当時一大ベストセラーとなった、無名の若者の旅行記です。

 今で言うバックパッカーの走りでしょう。1年間のアメリカ留学を終えた著者は、約半年間の放浪に出ます。ヨーロッパからアラブを経てインド、タイまでを200ドルで暮らす。当時のお金で七万円。宿泊費も含め1日五百円くらいの旅ですからどんな貧乏旅行か想像ができます。その旅の間各地で見た世界の貧しさと、アメリカの途方もない豊かさと矛盾、それを小田さんは率直に、関西人らしいユーモアをまじえて記していきます。

アメリカやヨーロッパは相対的に豊かで、中東やインドはそれに比して遥かに貧しいということでは、50年前に著者が旅行したときと世界はあまり変わっていないとも言えます。けれども、その頃とは決定的に違うことがあるように読みながら思いました。それは、今は「資本」が世界を覆い尽くしてしまっていることです。

たとえばギリシャです。本書に描かれるギリシャは本当に貧しい国です。しかしそこに生きる人たちはヨーロッパの豊かな国(ギリシャ人は自らをヨーロッパとは呼ばない、ということが書かれています)やアメリカとは隔絶していて、どこか浮き世離れした人生を楽しんでいる。

今もギリシャは貧しいかもしれませんが、おそらく著者が旅した頃よりは豊かでしょう。その分慌ただしく、資本と無縁な悠久の世界などではないことは、昨年の債務危機をみても明らかだと思います。インド社会の創造を絶する貧困や社会の矛盾も描かれていますが、かの国の発展と変貌ぶりは毎日のように喧伝されています。

世界中どこにいったとしても、資本の運動から逃れて暮らすことはもうできないことを、わたしたちは何となく感じて毎日を生きているのだと思います。本書にはまだお金が世界を覆い尽くす前の世の中が描かれていて、それは懐かしくもあり、ほろ苦くもあり、古色蒼然ともしているように読みながら思いました。


この本には爽快さがあります。それが大きな魅力です。小田さんはこの世代では珍しい西欧へのコンプレックスが無い人で、この著者の気質が本書の印象を明るいものにしています。事実、氏はよくお前には(欧米人)コンプレックスがないのかと訊かれたと書いていますが、留学生選考の面接で英語がまったく聞き取れず、何度も何度も「もういちど言ってくれ。」と要請したというエピソードなどは氏の面目躍如です。わたしならそのくらいの実力では恥ずかしくて面接を受けないと思うのですが、小田さんはその珍しさで試験に合格したのでした。

アメリカでもヨーロッパでもすぐに女の子と親しくなりデートを重ねます。自分が東洋人だとか後進国から来ているなどという気後れが微塵もありません。欧米から日本に戻るととたんに日本礼賛者になっていった知識人もいましたが、小田さんは例外的です。

どうしてかなと考えてみました。氏は「何でも自慢する大阪人だからさ。」と記しています。それもあるでしょうが、ギリシャの古典を学んでいたことも要因なのかなと思いました。

はるか昔に栄えたギリシャ文明ですが、その栄華はとうの昔に過ぎ去っています。著者がおとずれたギリシャは英仏に比べると、はるかに貧しい国でした。人々はその日暮らしの一日を送っていました。

こんなエラそうにしているアメリカさんやヨーロッパさんだっていつかは黄昏れていくんだよ、そういう視点が小田さんにはいつもあったのではないでしょうか。けれど、人間の営みだけはいつの時代も変わらない・・。

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人間みんな、ボチボチや。と言うのが七十五才で亡くなった小田さんの口癖でした。

小田さんはかつて北朝鮮についてひじょうに好意的だったこともあり、現在の評価は芳しくない作家です(たぶん)。それでもこの本は、面白いです。短編『アボジを踏む』もすごく良い。本書を手に取る気持ちになったのも、この短編がすばらしかったからでした。
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【2013/04/13 19:21】 | 読んだ本・雑誌
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NHKのドラマ『メイド・イン・ジャパン』面白く見ました。

日本では自分の仕事を評価してもらえなかった技術者が中国に渡り、中国の人たちと汗を流して働き会社を成長させる。その成長は自分のかつて所属していた会社はじめ、日本企業を脅かすほどのものである。経営危機にある日本企業タツミは、技術を盗んだとして損害賠償を請求するためにその中国企業に乗り込んでいくが、工場長はかつてタツミがその技術を採用しなかった元社員だった・・、というストーリーです。

役者がみんなじょうずで楽しめたのですが、なんといっても中国に渡った技術者を演じた高橋克実がよかった。会社のため日本のために全身全霊をこめて仕事に打ち込んできたのに、そこでは正当な評価を受けることができなかった。その技術者の宿命と悲哀がよく出ていたと思います。映画でも味のあるバイプレーヤーになると思うのですが、なぜかテレビ出演が多いですね。ちょっと残念です。

脚本は井上由美子さん。近年テレビの脚本家は女性が多いですが、『白い巨塔』を書いたこのひとはベテランだけあって力量が抜きん出ていますね。といってもテレビの脚本家を比べられるほど、テレビばかり毎日見ているわけではありませんが。

このドラマは会社のオーナー、大企業の役員、そこで働く従業員、その家族、勃興するアジアの事情などをよく描いていましたが、ひとつだけ登場しないキー・プレーヤーがいます。株主です。

このドラマが描き出した人々の悲哀と苦渋は、まぎれもなく今の私たちの社会の姿です。そして日本がこのような無残な社会に変容を遂げてきた理由を、「株主」という存在が行使する力の影響を抜きにして、語ることはできません。今このときも「株主」という人たちの思惑に翻弄されて、わたしたちは暮らしているのだと思います。

ないものねだりをしてケチをつけているわけではありません。面白く最後までみましたから。ドラマには時間の制約がありますから、株主というファクターを持ち込まなかったのは、経験豊富なプロフェッショナルの技なのかもしれない、そんなことを見終わって思ったのでした。

【2013/02/20 11:23】 | その他の話題
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 先日、久しぶりに沢木耕太郎さんをテレビの画面で見ました。
 さすがに風貌に老いを漂わせてはいましたが、立ち姿などまだまだ格好いい。依然として風格が漂ってこないところに、沢木さんらしさを感じました。ロバート・キャパの写真の謎を追ったこの企画は、なかなか見応えがあったのですが、わたしは沢木さんがずいぶん昔にラジオで話していたあるエピソードを思い出していました。そのことを書いてみます。

 いつだったか、沢木さんがラジオに出演して、旅の思い出話をしていたことがありました。20年以上前、ひょっとするともっと前だったかもしれません。氏が、キューバに行ったときのことです。

 さしたる目的もなくハバナの街に居て、楽しく過ごしているうちに知り合いが出来ていき、中にはキューバの自称実力者も現れたりしたといいます。自称実力者が「キューバでお前が会いたい奴に、俺が誰でも紹介してやる。」と自慢するので、どうせ会うならと「じゃあ、カストロ首相に会わせてくれ。」と沢木さんが言うと、「お前それだけはムリだ。」とあきれ顔をされてしまいました。

 ところがです。氏がいつものようにハバナの街をぶらぶらしていると、突然街が騒がしくなり、警官隊が大勢あらわれ、立派な車が横付けされました。中から現れたのはなんと、カストロでした。

 「この目でカストロを見た!」と感動した沢木さんは、どうにかしてカストロに接近し会話をしようと必死で考えますが、日本の作家だと言っても無駄ですし、まわりは大勢の人だかりです。思いついた氏は、人垣をすり抜け前に飛び出すと、握手してくれと言わんばかりに手を前に出しました。カストロは、長身の日本人に気づき目をやると、黙って手を差し出したのです。

 髭もじゃで葉巻をくわえた身長2メートルの大男。長年におよぶゲリラ戦を生き抜き、たった12名で祖国キューバに上陸し軍隊と戦い、搾取に苦しむ農民を圧政から開放した伝説の英雄です。

 二人は握手をしました。そしてその英雄の手は、沢木さんを深く驚かせたといいます。「なぜなら、その手はもう長いことナイフとフォークより重いものは持ったことが無いような、じつにやわらかくてしっとりとした手だったからです。」放送に聞き入ってしまっていたわたしは、話の面白さと同時に、沢木さんの着眼点に感心していました。

 このたったひとつのエピソードが、革命の英雄がたどった数十年の人生をわたしたちに想像させます。今回のロバート・キャパのテレビ・ドキュメンタリーもそうですが、沢木さんが丹念に拾い集める事実は彼のフィルターをとおして、「或る人生」とでも呼ぶべきを喚起してきます。テレビを見ながら、やはりこの人は終生のロマンチストだなとあらためて思いました。番組は、構成がよければもう少し面白くなったような気がします。

【2013/02/08 20:27】 | その他の話題
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先週のことですが、夕方近くなって我が社に突然弁護士さんが来られました。札幌から日帰り出張で来たとのこと。弁護士Aさんは、つい先頃倒産した地元の会社の破産管財人をしているそうで、当社に来られたのは社内に残された廃棄物の処理をしてほしいということでした。

Aさんの車に同乗し、さっそく現場へ向かいました。処分してほしいというのは、冷凍庫に保管されていた魚でした。といっても、この会社水産加工会社ではありません。この夏に亡くなられた先代の趣味が魚釣りで、会社の一角に小さな冷凍庫を設置してそこに釣果を保存していたということです。

管財人Aさんは、冷凍庫の電気は即刻止めました、何はともあれこのサカナを処分しなければならないので、すぐにお願いしたいのです、と話されました。庫内にはすでに特有の匂いがし始めていました。

明日のあさ1番で片付けるということで話はまとまり、またAさんの車に乗せてもらい会社に向かいました。車中わたしが、負債があったからといって死ぬことは無いと言うと、Aさんはまったくですと同意され、続けてこう言いました。「亡くなられた先代は経営にはまったく係わっていませんでした。ずっと息子さんが経営していたのですから、なおさらそんな責任を取ることはありません。」

それは、わたしが聞いていたマチの情報と同じでした。息子さんは町にいるのですかと訊くと、そうだと言います。それを聞いてわたしはこう話してみました。その経営者だった方が自分で片付けたらどうですか?ウチはこういう汚れ仕事はアルバイトにも多くお金を出したいので、それなりの金額になりますよ。それでもいいですか?

このような提案をする理由のひとつには、管財人さんはたいてい、なるべくお金がかからないやり方で処分したいと考えているからです。当然のことだと思います。

Aさんは、じつはすでに本人に訊いてみたのだが、出来ないということになったので、お金を払って業者を頼むことになったのだ、と言いました。あなたの疑問はもっともだ、私もそう思うと付け加えました。

今から一ヶ月ほど前、同じようなことがありました。やはり倒産した会社のゴミを処分してほしいという、別の弁護士さんからの依頼でした。何か差し押さえとなっている資産に手をつけるわけでもなく、片付けるゴミが膨大な量のわけでもありません。

このときも私どもは、ご本人が自分でされたらお金がかかりませんよと提案しましたが、結局は仕事として依頼され片付けることになりました。電話口で弁護士さんB氏は、そうなんですよねえとは言っていたようですが。

たかがゴミ処分のことというふうに、わたしには思われません。厳しいようですが、このような非常時になってもまだ、何よりまず自分が体を動かして事に当たることが出来ない経営者だから、会社がこういうことになったのだと思います。

たかがゴミの片付けです。人に頼んでも払うのは、せいぜい数万円。数千万という負債額からみれば、それを自分でやったからといって何かが変わるということでもありません。そのとおりです。しかし、そのような考えが会社を倒産に導いていくのではないでしょうか。

社長業以外のことをできない社長は社長業も意外とダメかもしれません。自分のご飯の支度が出来たり、アイロンをかけられたり、ゴミの分別が分かっていたり、タイヤ交換が自分で出来るような人が社長業もきちんとできるように思います。いざとなればいつでも自分で出来るという人が、社長には向いていると思います。

ちなみにわたしはと言いますと、タイヤ交換とゴミ出しはできますが、家事はとても覚束ないですね。ということは、まだまだウチの会社は安泰じゃ無いということです。でも、家事はすごく苦手です。


【2012/10/01 17:27】 | 地域のこと
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和とは、一般には、よくまとまって中がよく紛争のない様をイメージするが、本書では、全成員がほかの全員に対して役立ち合う関係にあること、すなわち「総互恵関係」をもって和と定義している。

大和信春著『和の実学』の冒頭の一節です。1989年に出版されたこの本を90年に入手して、ときおり書棚から引っ張り出しては読んできましたが、そのたびに発見がありました。

90年と言えばまだバブル景気に世の中が浮かれていたときです。競争の勝者となることに、だれもが揺るぎない価値を見いだしていた時代です。

そんな時代に、本書は生まれました。ベストセラーとなったわけでも何でもないので、ほとんどの人はこの本の存在すら知らないでしょうが、ごく一部の人たちのあいだでは熱心に読まれた本です。

いや本当のところは、熱心に読んだのは本を購読した人のごく一部だったでしょう。文章が生硬で、決して読みやすいと言える本ではないからです。さらに、タイトルに「実学」とあるように、この本は競争に血道をあげない生き方や経営のあり方の実践を奨励する本でしたが、じっさいにそれをやってみようとしたのは、読んだ人の中でもさらにわずかの人や会社でした。


著者はそのころよくこういう言葉をきいたといいます。

「業界全体が闘っているのに、自分だけ闘いをやめるのは間尺に合わないし、損をする。」「悪い考えとは言わないが、実践というのはちょっと非現実的。」

「みんなが競争をやめたら、俺もやめる。」・・・。

まあ、20数年を経た今でも世の中の圧倒的多数は変わっていないと思います。しかし、冒頭に紹介した「全成員がほかの全員に対して役立ち合う関係にあること、すなわち総互恵関係をもって和となす」という考えにも合理性がある、ということも少しずつ認知されてきていると思います。


きのうの朝日新聞に、田中均元外務相アジア太平洋局長のインタビューが掲載されていましたが、こういう発言がありました。

東アジアで『大きな絵』を描くことです。そして、参加国みんなが得をするウィンウィンの関係をつくっていくこと。こうすることがあなたの利益になりますよ、日本だけの利益になるわけではありません、と。こういう世界をどうつくるかということです」

ウィンウィンという米国発の概念と、大和氏のいわれる「総互恵」は同じ概念というわけではありません。しかし、お互いにとってよい=ウィンウィンという言い方が社会でふつうに流通しているということは、『和の実学』が世に出た20数年前に比べると、背反する利益を知力によって調整するという方法が認知されつつある、といえるのだと思います。

むろん、圧倒的多数の人々は「やられたら、やり返す」どころか、「やられる前に、こちらからやる」のが現実的な問題解決手段だと考えると思います。殊に、国家間の争いとなると、売られたけんかは必ず買って必ず勝ち、こちら側の取り分をプラスにし続けるのは、自国の至上命題と考えるひとが多いでしょう。

 

覇道という言葉があります。覇道とは、武力と権謀術数を用いて支配・管理することです。これを超えるものとして大和氏は「和道」という概念を提唱します。

和道なんて聞くだけで非現実的な観念論の類いだと、毛嫌いする向きもあるでしょう。ひとつにはおそらく、この言葉が平和主義と結びつきやすいからだと思います。

それについて著者が記しているところを、少しだけ引用します。

和道の話は現実錯誤的な平和主義との先入観をもたれやすい。

「危害にあっても戦うなというのか」という類いの疑問はそうした誤解からでる。一般には、力によるといえば「武力による」と同義に解釈されることが多い。その同一視のためか、武力による抗争の逆である平和を旨とするものは、一転して「無力」を旨とするとしかないように思われがちである。

しかし、和道は「和力」という一種の実力を行使する。それは、文字通り和を作るための諸々の能力や資源力のことであるが、いわゆる武力・戦力とは別の「力」の概念である。


初めてこの本を読んだとき、和道という言葉よりもむしろ「和力」という言葉につよく引きつけられたのです。それがどんなものなのかは、しかと理解できたわけではないけれど、「和力」というのは「無力」とはちがう!ということに、まさに震撼させられました。

お前は「武力」と「無力」とどちらを選ぶかと問われたら、武力を選択したくないたいていの人は答えに詰まると思うのです。なぜなら、「無力」を選んだ途端、矢のようなツッコミを入れられても、相手を説得できるだけの論理を展開できないことが明らかだからです。

しかし、「和力」は「無力」とはちがうとこの本には書かれていました。


わたしは40才過ぎて社長になったとき、和力による経営をしたいと思い、自分なりに実践してみようと決めました。
たたかわない経営をすることにしたのです。
10経って会社は大きくもならなかったし事務所はプレハブのままですが、4千万ほどあった借金はほとんど返済することができました。手形も無くなりました。車はみんな新しく入れ替えることができました。

そんなことで得意になっているわけではありません。和力というのは現実の「力」としてあった、というわたしなりのささやかな証明なのです。非力なわたしがもし「闘う経営」を選択していれば、私の会社はもっと大きい覇道的な会社に蹴散らされて、とうに跡形も無くなっていたかもしれません。
たたかわない経営は「無力」ではありませんでした。

今日久しぶりにブログを更新する気になったのは、田中均氏のインタビュー記事を読んで思うところがあったからです。私が影響を受けたこの『和の実学』という本について、これから時々書いてみようかと思います。


【2012/08/22 19:18】 | 地域のこと
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